| たみたみごん 的个人资料ななごん&タイタイの毎日成長日記照片日志 | 帮助 |
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ななごん&タイタイの毎日成長日記ななごんは3歳2ヶ月、タイタイは11ヶ月になりました。憎まれ口さえきくようになったななごんと、ヨチヨチ歩きを始めたタイタイです。 2月19日 タイタイの成長あと1週間足らずで1歳を迎えるタイタイ。(本当は18日が予定日でしたが、8日遅れで誕生)
最近の成長は著しいような気がします。変な癖も出てきていますが・・・
①おしゃぶり代わりに下唇を上の歯で噛む
特に眠くなった時や暇な時などチュッチュッチュッチュと唇を吸っています。
そのうち腫れたり割れたりするのではないかと心配ですわ。
②自分の頭を両手で叩く
これも教えたわけでもないのに、結構な力で叩いています。
③「すごい!すごい!」とか「お手手をポン!」の合図に手を叩きます。
「お手手をポン」はこの後「お手手をポン、ご挨拶しましょ『いただきます(または『ごちそうさまでした』)』と続くななごんの保育園でのご挨拶です。
テレビを見たりCDを聞いたりして歌にあわせて手を叩くこともあるし、ななごんの真似をして同じ動作をする(しているつもり)こともあるし、一年前には考えられなかった成長ぶりです。
前は好き嫌いなく何でも食べていましたが、だんだんと「今はおかゆはいらないよ。パンちょうだい!」と言わんばかりに暴れることもあるほど。
楽になってきた面と、手がかかるようになってきた面と両方ですわ。 2月13日 ディズニーランド連休を利用して一泊でディスニーランドへ。
覚悟はしていたけれど、すごい人・人・人・・・
たくさんのアトラクションには乗れなかったけれど、まぁまぁ楽しめたかな。
ななごんにとってはほぼ3年ぶり(生後5ヶ月のことなんて覚えてるわけないけど、タイタイには初めてのディズニーランドでした。
最初はベビーカーに乗っていたななごんですが、1日目の終わり頃には「乗りたくない」と言い始めました。
周りの同じ歳頃の子どもたちがほとんど歩いていたから恥ずかしかったのかな。
長距離を急いで移動したい時は乗ってもらったほうがこちらもラク。
何とかなだめて乗ってもらうことも。
1日目はダンボに乗ったななごん。
高く上がるので怖がるかと心配しましたが、ダンボに乗り込むとちょうどパレードが始まり、ミッキーマウスが横を通ってくれたので大喜び(だったらしい)。
ちなみにタイタイが眠ってしまい、ママとタイタイは下でお留守番でした。
2日目にもスタージェット(かな、飛行機の乗り物です)に乗ったけれど、全く怖がることなく後ろにいる私とタイタイをニコニコ笑顔で振り返っていました。
大人のほうが怖がってたかも。
この時はタイタイも乗ったけれど、小さくてあまり周りが見えなかったのか怖がることもなく、ただ風がびゅんびゅん顔に当たるのが嫌なようでした。
家でガイドブックを見ながら「ポップコーン!」と騒いでいたポップコーンもGETしてもらったななごん。
ずーっと食べ通しでした。
思ったほど寒くはなく、いい思い出になった2日間でした。
2月7日 鼻水ダッラーンインフルエンザから回復したと思った途端、鼻水攻撃にあっているななごん、タイタイ、そして私も、です。
ベッドに入ると毎晩のように足が冷たい、寒いと騒ぐななごん。
赤ちゃん時代に使っていた、レンジで温める湯たんぽを布団の中にスタンバイ。
「あったかーい
朝は寝ぼけ顔ながら、湯たんぽを持って起きてくることも。
そして毎晩寝る前に「熱いの(湯たんぽ)入れた?」と聞いてきます。
タイタイはどんなに布団をかけても、枕の上で寝ていたり、掛け布団の上に移動していたり。。。
そりゃあ鼻水ダッラーンにもなりますわ。
週末の節分、ささやかに豆をまかせるつもりでした。
ところが。
保育園の豆まきで見た鬼が相当怖かったのか、絶対に豆まきしない!怖い!と主張するななごん。
来年は豆をまけるのかしら・・・
2月1日 復活しました!ななごんも私もよくなりました。 ご心配ありがとうございました。
私が苦しんでいる間、タイタイは1歩前進から5,6歩前進へ。 以前は何かを持たないとバランスがとれず立てなかったのに・・・ 今ではヨチヨチ、ヨイショッヨイショッと斜め前に足が出るようになりました。 4日ぶりにタイタイを見たななごんのクラスの先生もビックリ。 「この3日で歩くようになっちゃったよー。」とお伝えしました。 あいかわらず「ほっくえん(保育園)行かないっ!」だったななごん。 昨日の朝は号泣でした。迎えに行くと私のことは無視。 そして「もっと遊びたいー」と床に転がって大騒ぎ。 今朝は「”鬼は外”(節分の豆まきです)するんだよ」と張り切って登園。 でもやはり号泣。 いつまでも慣れません。 幼稚園には泣かないで行くそうですが(本人談)、ママはどっちも同じだと思うけど? 1月28日 インフルエンザ始まりは金曜の夜。
ベッドに入り、ななごんとタイタイが寝つき始めた頃、カタカタと歯の根が合わなくなった私。
自分でもふざけているのかと必死に止めようとするけれど、全身ゾクゾク寒くてカタカタガタガタ。
だんだん熱が上がっているのがわかったけれど起き上がることもできず、救急車でも呼びたいほど不安だったけれど、私が出かけて夜中に目を覚ましたタイタイが泣き叫ぶのがわかっていたから抜け出すわけにも行かず・・・
早く朝になれ~と10分おきに時計ばかりをみていました。
ちょっと乳腺炎っぽくなっていたから、そのせいの発熱?
土曜日の朝になると一旦スーッと熱は下がりました。
頭痛がひどく、気分もあまりよくなかったけれど、ほとんど眠れなかったせいだろうと思い、痛み止めを飲んだ程度。
ななごんを保育園へ送り、その後は何とかかなりのスローペースで仕事や家事、タイタイの世話をこなしました。
でも再びどんどん熱は上がり、今度は関節痛や皮膚の違和感までも。
やっぱり風邪?
やっとやっとの思いで(関節が痛くて、体もだるくて立っていられないほど辛かったのでした)手抜き夕飯の焼きそばと野菜スープを作り、タイタイに食べさせ、少しリビングの床に倒れこんだ私。
また何とか起き上がって食器を片付け、タイタイをお風呂にいれ、終わったーとばかりにベッドに入ると、誰よりも早くzzz
でも熱は高いからあまり眠れず少し眠っては目を覚まし、時々体温をはかりの繰り返しで朝を迎えました。
日曜日の朝。
体中が痛くて起き上がれない、けれど時間をかけて気合で起き上がりましたわ。
昨日よりも更に時間をかけて手抜き朝食を用意し、タイタイに食べさせ、洗濯機を回しつつ朝食の片づけをし、何とか干して、子どもたちは夫に押し付けてベッドに転がりました。
もうお昼だな気を利かせて何か買ってきてくれたらいいのにななんて思いつつ時計を見ていたのにウトウトしてしまい、目を覚ますと1時半過ぎ!
少しだけ体が楽になっていたから熱も下がったのでしょう。大慌てでタイタイを見に行くとソファで寝ていました。
いつもならとっくにハラヘリで大騒ぎになっている時間帯なのに・・・
そしてななごんを見ると何だか顔が赤い。
午前中からちょっと変かなと思っていたけれど、その時は自分の体もおかしくてそれほど気にしていなかったのでした。
おでこに手を当てると絶対に熱あり! 測っても38度8分!
お腹はすいているようなので、とりあえずインスタントやらレトルトやらですでに起きていたタイタイも一緒に昼食をとらせ、ななごんは一旦お昼寝。
起きてきても全く熱は下がっておらず、鼻水もひどく詰まりすぎて涙も出始めていました。
私の病気はインフルエンザかもと思っていた私と夫。
もしやななごんにうつったかもしれないという気持ちも抱いていました。
高熱のまま一晩過ごさせるのは可哀想なので念のため救急へ。
タイタイも熱が高くて救急へ行き川崎病が見つかったので、何となく怖い私はななごんの首が腫れてはいないかつい何度も確認してしまいました。
幸いにもほとんど待っている人はおらずすぐに診察室へ。
熱が出始めて8時間以内ではたとえ陽性でも陰性と出る可能性もあるとは言われましたが、インフルエンザの検査をしてもらいました。
鼻の奥に長い綿棒を入れられグリグリとされたななごん。滅多のことでは騒ぎませんが「痛い」と泣いて、検査してくれた看護師さん(若いお兄さん)を睨みつけていました。
結果は陽性。
ちなみに我が家は全員予防接種を受けました。
だから9度台の発熱もタミフルを服用せずとも約2日で下がったということ?
ななごんは処方されたタミフルのおかげで一晩で熱は下がりました。
気になるのはタイタイです。
次はタイタイの熱が高くなるのではないかと心配しています。
ななごんよりも私といる時間が長いし、熱が高くて寒くて眠れない時ついついタイタイにくっついてしまったし。。。
今はだいぶ良くなったので明るく書いていられますが、金曜日の夜からは本当に辛くてどんどん体中の節々が痛くなりザワザワして、子どもたちがいなかったら救急に飛び込んでいたかも・・・
もちろん絶対に家事も炊事もしなかっただろうし。
完全復活じゃない状態でななごんを救急へ連れて行かなければならなかったし、朝やっとの思いで顔を洗っただけでメイクもせずメガネをかけていたし(普段はコンタクトです)。
自分で言うのもなんだけれど、「母は強し!」ですね。 1月25日 祝福すべきなんだけれど・・・また子育てとは関係ありません。
お仕事のことです。
昨日、うちのスタッフが腹痛ということで早退。そのまま病院へ行きました。
そして妊娠発覚!
いつかやってくるだろうと覚悟はしていたものの・・・
とうとうやってきました。
これがもしも自分の友達や、私が同僚だったら心から祝福して「おめでとう!!
これからの体調のことや産前産後のお休み、育児中のお休み等を考えると、「大丈夫?無理しないでね。」と言いつつも、いろいろなことを頭の中で駆け巡らせている自分がいました。
複雑な心中です。
こんな自分がちょっとイヤになります。
今後のことを考えつつ、時間差勤務のローテーションを練り直さなくてはなりませんわ。
1月24日 インフレエンザななごんの保育園でインフルエンザが流行中
同じクラスにはかかったお友達はいないものの、他のクラスで大流行。
そのため、今日予定されていたお店屋さんごっこは延期になりました。
みんなが楽しみにしている一年に一度のイベント。
参加できなかったら悲しいものね。
今日を楽しみにしていたななごんには「大きいお兄さんやお姉さんたちの風邪が治ったらやるんだって。」と繰り返し教えました。
ななごんもタイタイも予防接種は受けたけれど、うつらないか心配です
今朝、「たいがく~ん」と声をかけると、「はーい」と言わんばかりにタイタイが手を挙げました
もちろん機嫌のいい時のみ
偶然だったのか、わかっていてできたのか・・・まだ謎です。
1月16日 またもや久しぶり更新のたびに”久しぶり”とか”○○ぶり”という言葉を使っていてイヤになりますわ。
ななごんもタイタイも元気に過ごしています。
元気はいいのですが・・・
何と言ってもタイタイが寝ないのが更新できない一番の原因のような気がします。
寝ることは寝ます。
日中トータルで2時間くらい寝ればいいほう。
夜も2,3時間おきに起きています。
そして、ななごんがお休みの日は日中もほとんど寝なくなります。
夜も私がそばにいないのに気づけばギャーギャー泣き喚きます。 それでも元気な10ヶ月児。
でも、おかげで何をする時間もありません。
ブログの更新も気になるけれど、パソコンに向かえば「抱っこして~」のアピール。
抱っこしてキーボードを打とうとすれば、手を出してできず・・・
おんぶして座れば、「立って~」
仕事と家事を優先し、その後ブログ・・・と思うともう起きてくる時間。
ななごん一人を育てていた頃が懐かしいです。
日中も寝て、夜も熟睡。
なーんて素晴らしい日々だったのか。
子どもの性質なのか、男の子だからか、母乳だからか、その全てか。
よくわからないけれど、タイタイには振り回されている気がする今日この頃ですわ。 10月29日 タイタイの入院またもや1ヶ月ぶりの更新となってしまいました。
実はタイタイ、今月初めに10日ちょっと入院していました。(退院して今は元気に過ごしています) 急なことだったので、ななごんはその間隣にある夫の実家へ。 タイタイの病名は“川崎病” まさか自分の子どもが病気になり入院するなんて思ってもみませんでした。 健康で過ごすことってすごいことなんだな、五体満足で健康に生まれてくることって当たり前のように感じてしまうけれど素晴らしいことねと実感する日々でした。 以下は入院の記録です。
10月5日(金)
明け方あたりからタイタイ発熱。 38度台なので、病院へは連れて行かず家で過ごす。 人生二度目の発熱で本人も対応できないのかグッタリ。 寝返りもほとんどせず仰向けのままあまり動かない。 食欲(飲欲?)は変わらず旺盛。 10月6日(土)
熱は下がらず・・・ 明日から二日間連休なので念のため病院を予約。 出掛けに測ると平熱近くに戻っていたので予約をキャンセル。 その後熱が再び上がるのでちょっと後悔。 夕方私はななごんを保育園へお迎えに。タイタイは寝ていたので夫とお留守番。 起きた後タイタイの首が腫れていることに夫が気づく(珍しく役に立ちましたわ
おたふく風邪ではなく、リンパが腫れているよう。 私も小さな頃よく腫れていた・・・ 明日からの連休でひどくなっては困るので、薬をもらうため救急に行くことにする。 この時点で16時半くらい。 救急へ行って帰ってくると遅くなると思い、ななごんに夕飯を食べさせてからにしたかったが、何となく万が一のことを考え支度をしてすぐに出かけることに。
いつも行く病院の救急。この辺りでは結構有名なところなのだけれど、救急で診てくれるのは研修医ばかり。 私が肋間神経痛がひどくて駆け込んだ時も、ななごんの高熱で駆け込んだ時も研修医。 それが悪いとは言わないけれど。。。 今回ももし研修医でも、もし何かあればまだ小児科のドクターが残っているはずと確信。 彼らが帰ってしまう前に受診することに決定。 まだ夕方のせいもあってか3番目くらいに呼ばれたが、やはり研修医。
一通りの診察を終え、「それほど熱は高くないようですし、元気もあるので・・・(熱のある状態に慣れてきたのかタイタイは元気を取り戻していた) ただ首が少し腫れているのが気になるので上の先生に聞いてみます。」 内心「よかった~。その言葉を待ってたよ~。」 しばらくするといつも診てもらっているドクターが救急室へ降りてきた。 思わず彼に後光がさして見えた・・・気がする。 数分後、再び呼ばれて診察室へ。
指示されてタイタイの左腕にあるBCGの跡を見せると、少し赤く腫れていた。 そしてドクターから思わぬ言葉が。。。「川崎病かもしれません。」 「熱が数日続いて、首が腫れ、BCGの跡も腫れている。幾つかある川崎病の条件を3つ満たしています。入院ですね。」 首の腫れに気づいた時、夫も「おたふく風邪じゃないけれど、川崎病じゃないよね。」とは言っていたんだよね。
まさか自分の子どもが病気になるなんて思わないから、ただリンパが腫れただけと思っていた(信じていた)私。 “川崎病”の病名を聞き、ガーーーンと頭を殴られた感じ。 そしてすぐに「ななごんをどうしよう。」と現実に戻った。 タイタイの出産の時は前もってわかっていたから着替えなどの用意もしていたし、そろそろかなと思う頃から実家に戻りななごんが慣れるようにしていた。
まさかこんなに突然どこかへ預ける日が来るとは。 ななごんに「おばあちゃんのお家(夫の実家)に行く? ばばちゃまのお家(私の実家)に行く?」と何度訪ねても、「ママがいい!ママといる!」の繰り返し。 「ママといてもご飯も食べられないしお風呂も入れないよ。ななちゃんは病院にはお泊りできないんだよ。たいちゃん病気だからね。」と教えても「ご飯食べなくてもいいからママといる!」(この言葉には2歳半の子がこんなことを言うなんて・・・と正直驚きました。) どんなに話してもわからないと思ったので、とりあえず入院の仕度をしに私が自宅へ戻ることにしました。
車で来ていたので、車で戻り帰りは歩いてくることに。(歩いても7、8分だし) ここで18時半くらいだった(と思う)。 ななごんを連れて自宅へ戻り、まずななごんの仕度。 隣の実家にしても私の実家にしても、自宅で寝泊りはしないと思ったので着替えと保育園の用意、洗面道具などを思うままに詰め込む。 そしてありったけのタイタイの長袖服(なるべく前開きの物)、自分の着替え、タオル類と自分の洗面道具等。 ななごんの仕度は何とかできたが、入院のほうは本当はどうしていいかわからなかった。 自分でもすごーく慌てているのがわかったけれど、不安定ななごんに気づかれないようなるべく明るい声を出して話しかけていた。 点滴の用意をすると言っていたので、針を刺されて大泣きしているであろうタイタイのことも考えつつ。 早く病院に戻らなければならない、でもななごんもかわいそう、これからどうなるのかどのくらいかかるのか全くわからず私も不安・・・
途中で私の両親に迎えに来てもらったが、ななごんの強い抵抗に遭い、最終的には「パパといる」の一言に両親は帰宅。
再び病院へ行く前に隣の玄関へほとんど強引に置いてきた。 この時はまだ川崎病の名前は聞いたことがあるものの、原因や病状などについては何も知らず、ななごんのほうが心配だったというのが正直なところだ。 ななごんのことを振り切るかのように両手に大荷物を持ち(普段こんなに重い荷物を持っていたら絶対歩かない私なのに。いざとなったらできました。)、かなりの速足で歩いた。 病院の中へ入るとほとんど駆け足状態。 タイタイがどうなっているのかすごーく心配になっていた。 救急室に行ってみたが、点滴用のベッドにはタイタイはおらず、もう病棟へ移ったという。 急いで小児科病棟へ上がった。 時々エレベーターが開いて見ることはあった小児科病棟。
まさか自分の子どもが入院し、自分が付き添うことになるとはつい数時間前まで予想もしなかった。 ナースステーションで部屋を聞こうと向かったが、すぐに子ども泣き声が聞こえ、間違いなくタイタイだった。 そーっと部屋のカーテンを開けると柵付きのベッドの上で泣き叫ぶタイタイがいた。 左足の甲に針を刺されたらしく、ギブスを巻いたかのようにグルグルに固定されていた。 すぐに夫の手から受け取り抱っこすると泣き止んでくれた。 ななごんのことも気になるので、交代で夫には帰ってもらう。 落ち着いた頃に抗生剤の投与も開始され、タイタイと私の入院生活が始まった。 この後入院生活は10日以上続きました。
続きは後日・・・ 9月29日 子育てとは関係ないけれど・・・ すみません愚痴です我が家は自営業のようなもの。
表面に出て仕事をしているのは夫ですが、影ながら私も支えているつもり。
家事と二人の育児でなかなか思うようにはいかないけれど、今できることを精一杯。
おかげで毎晩寝不足。
収入をアップさせるため、お客様を増やすため、日々考えています。
ずっと考えていたあるプランがあり、最近それを実行させようと話していました。
キリもいいので10月に入る来週から。
二人で話をし、夫がそれを文にまとめたところまでは良かったのです。
昨日そのレジメを渡された私。
夕方は魔の時間なので、子どもたちが寝ついた夜中、それに目を通しながら、足りないところや変えたほうがいいところなどを考えていました。
今朝それを伝えると・・・
なんと、そのレジメはもうスタッフに渡して説明したというのです。
つまり私に渡してくれたのは最後。
思わず「だったら私に見せなくても良かったじゃない。」とムッとしてしまいました。
私としては「こんな感じでいいかなぁ。どう思う?」と見せてくれたと思っていたのに・・・
いくら身内のスタッフとはいえ、一度伝えたものを「やっぱりちょっと変えましょう。こっちの方がいいから。」と訂正するのって一苦労なのです。
最初に伝えたものをそのまま受け入れてしまいがち。
もちろん彼女たちの意見も貴重だけれど、こちらである程度しっかりとまとめてから伝え、その上で意見を聞くという方法が良いというのがこの一年半の経験。
雇う側と雇われる側の違いというか・・・ 責任の重い方とそうではない方の違いというか・・・
今までの方針とは少し変えるわけだから、なるべくしっかりと固めてから伝えたかったというのが私の本心なのだけれど、私が一番最後!? 言い出しっぺだぞ!?
B型&仕切り屋の私は朝からカッカとしていたのでした。
はぁーあ。
本当はすごーく怒っていたのだけれど、なるべく表面に出さず、無口になった私。
でもついついななごんにあたってしまいそうで、ななごんにも無口に。。。
それに気づいたらしく、一生懸命に話しかけてきました。
ゴメンね、ななごん。 |
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